米沢へツーリングしてきました(2/3)

上杉伯爵邸で米沢牛を頂きました

米沢に1130頃到着しました。 上杉伯爵邸へまっすぐ向かい、一番近い駐車場にバイクを停めてオーバーズボンやブーツを脱いでから伯爵邸の入口へ行きました。

重厚感のある屋敷造りの上杉伯爵邸

上杉伯爵邸は、大正8年の米沢大火で焼失した上杉家14代茂憲(もちのり)伯爵邸後地に、大正14年に建設された銅板葦き、総ヒノキの入母屋づくりの建物と、庭園を備えた屋敷造りの日本料理屋です。 庭木は、降雪に備えて樹木の枝が折れないように縄で枝を保持する雪吊り(ゆきつり)のように、板で覆っていました。

昼食は米沢牛のローストビーフ丼です

店内は畳が敷かれた和情緒溢れる大広間で、現代風にテーブルとイスが置かれています。 私は前日電話で予約していたこともあり、庭が一望できる席に案内していただきました。席に座って庭園を眺めながら、ローストビーフ丼をいただきました。 牛肉は米沢牛を使用しています。 ローストビーフ丼には、小鉢2品、味噌汁、漬け物がついていました。 右上の赤い小鉢のゴマがふりかけられた食べ物は何ですか? と仲居さんに尋ねると「鯉のコトコト煮」だと教えてくれました。 米沢鯉を独自の製法で鯉の骨まで柔らかく豊かに煮上げた逸品だとのことです。丼にはローストビーフがいっぱい敷き詰められていて、柔らかくて味わい深い米沢牛を堪能できました。

昼食の後は歩いて上杉神社へ行きました

上杉神社は上杉謙信、上杉鷹山を祭神として、米沢城本丸跡に建立されました。

元の社殿は大正8年に起こった米沢大火で類焼してしまいました。 その後に国からの援助金や米沢市民の労働奉仕などにより、大正12年に現在の神社が完成しました。

上杉神社内に建つ上杉謙信の像です。上杉謙信といえば、甲斐の武田信玄との川中島の合戦が有名ですね。川中島は長野の東南・犀川と千曲川の合流する中に挟まれた地点の名称です。川中島の合戦は計5回、12年余りにわたって行われ、双方が勝利を主張しました。長年に渡り上杉謙信と戦った武田信玄は、元亀4年(1573年)に病を患い亡くなりました。上杉謙信は、長年争ってきた敵の死を涙を流して悲しんだと言われ、二人の間には単なる敵としてではなく、おたがいを好敵手と認めていた絆のようなものがあったそうです。

伝国の杜

伝国の杜は山形県の置賜(おきたま)文化ホールと米沢氏上杉博物館の合築施設です。置賜文化ホールは客席数500席の可動式能舞台を備えたホールで、5歳から中学3年までの子供を対象とした「伝国の杜こども狂言クラブ」が活動しているそうです。年間参加費2,100円で和泉流狂言師を先生に招き、子供たちが舞や狂言を習っています。 

私は入場料を払って上杉博物館にも行ってみました。館内には、数千に及ぶ上杉氏ゆかりの貴重な品々や国宝が収蔵されています。

 展示室は「常設展示室」と「企画展示室」に分かれていて、常設展示室では上杉の歴史と文化を中心とした「江戸時代の置賜・米沢」を主軸に構成されています。
企画展示室では、置賜の歴史、上杉文化など歴史や美術に関する企画展や、郷土ゆかりの作家や作品を取上げた展示を行います。

ジオラマが凄かったです

私が特に興味を持ったのがこれです。米沢藩上杉氏の歴史や当時の生活風景が巨大なジオラマで再現されていました。 当時の家屋や周辺の山や庭の木々、田んぼや畑等が精密に作られています。博物館の目的から少し外れてしまうけれど、私も模型作りでジオラマ作成をするので、とっても参考になりました。

昼食の後は、土産を買うために米沢イオンと道の駅へ行きました。

道の駅の土産売り場はとっても広くて、品数が豊富です。イオンは地元の土産売り場が小さいものの、同じ土産の値段は道の駅より安かったです。

近所へなど数多く買いたいと思った土産はイオンにも売っていたので、道の駅では「サクランボのジャム」だけ購入して、再度イオンへ行って買いました。

バイクに積める量の土産を買って、16時すぎには米沢駅東口近くのホテルに到着しました。今回の投稿はここまでにします。ではまた

コメント